其の四十一 葉月(八月)
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八月の京都と言えば五山の送り火「大文字」が頭に浮かぶのはわたしだけでしょうか?
「大文字」は当店の胡瓜のしば漬「上り漬」の袋の絵柄にも描いているんですがご存知でしたか?
袋には東海道五拾三次「上り漬」とあります。東京・日本橋から五十三の宿場町を通って京都・三条大橋まで来て「はい、上り!」とこの名は付きました。
今回の「京のツボ」は絵柄の中の二人「やじきた」が主人公の「東海道中膝栗毛」のお話です。
「やじさん」は弥次郎兵衛といい「きたさん」は喜多八という名前で奥さんに先立たれ独り身の弥次さんの家に居候しているのが喜多さんという関係です。
二人は東京神田の八丁堀あたりが住まいで伊勢詣でを思い立ち江戸から京・大坂を旅するわけですが道中は漫才コンビのような軽快な言葉の掛け合いがあり、狂言や小咄、俳句などを駆使し宿場ごとにオチをつけたり笑いを創造しています。
〜裏面へ続く〜
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京のツボ
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笑いはシャレありブラックユーモアありちょっぴりHだったりし江戸時代当時の庶民の感性や社会背景が見てとれます。
道中各地の名産品や観光地の事も登場するので江戸時代の旅のガイドブックそして滑稽本として多くの人々に読まれました。
「東海道中膝栗毛」の作者十返舎一九はこの本のヒットにより日本で最初の原稿料だけで生活出来る職業作家になったんだそうです。
もともとは武士でしたが武家奉公を辞め大坂で浄瑠璃作家となりその後江戸に出て出版問屋 蔦屋重三郎の元で仕事を手伝い職業作家の道へ進んだ苦労人のようです。
蔦屋重三郎は出版問屋を通じ情報流通の敏腕プロデューサーだったそうで「写楽」を世に送り出した事でも有名な人物です。
長々と「京のツボ」を書いたので葉月(八月)にお薦めするお漬物を書けませんでしたが十返舎一九が
今も生きておられるなら当店の「上り漬」を食べて頂き「弥次さん」「喜多さん」に一首(句)詠んでほしかったです。
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